一心寺のご紹介

観音寺市のまち歩き本に紹介されました

まずはお寺の紹介から。

まち歩き粗い

先日発刊された観音寺市のまち歩き本、かんおんじBOOK vol.2に掲載されました。

写真はやはり山門。

まち歩きブック2,5

なぜかというと、この門は城門が移築されたものだからです。

一心寺にある城門は?

まち歩きブックに解説がついています。

実は史書にはそれぞれに異なる内容が出てきます。

城の名前としては観音寺城、景全城、高丸城。城主として香川景全、上坂丹波守。

まち歩きブックを作られる方も少々困ったのでは。

中国四国城門1

『中国・四国城門』という本には、香川県に現存するのは三つの城門のみ。

丸亀城門、高松城門は1670年代に完成。観音寺城は1585年豊臣秀吉の四国進攻により廃城とありますので、この門はそれ以前の築造!?

中国四国城門8

ということは、香川県内では最も古い城門!?

お寺の歴史と香川氏

寺伝によると、創建当時は天台宗。天文17年(1548年)に香川氏ゆかりの寺となったとあります。

その時に創建されたのか、すでにあったのかは不明です。

香川氏というのは南北朝時代から守護・細川氏のもとで西讃を治めていた守護代一族。

吉川弘文館の地図帳にある戦国時代・群雄割拠は

日本史地図2

拡大すると

日本史地図3

多度津に本拠を構え、天霧城を持ち、のちに戦国大名となっていきました。

織田信長や長曾我部元親と対峙した香川信景が有名。観音寺城主・香川景全の兄です。

観音寺城が高丸城と呼ばれるようになったのか、香川氏の後に上坂丹波守が入ったのか、はたまた‥。

歴史は興味深いですね。まだまだ勉強しなければ。

現在は浄土真宗

お寺はその後、浄土真宗となり、現在は真宗興正派(京都本山・興正寺)に属しています。

山門は近年修復されましたが、昔の部材をできる限り残し往時の姿を保っています。

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本堂もきれいに修復されましたが、美しい極彩色の荘厳が残っています。

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普段はもちろん葬儀、法事やお寺での法話など仏事を勤めています。

その他にも、瀬戸内国際芸術祭公式プログラム「よるしるべ」の会場になったり、声明雅楽コンサート「よるしらべ」を開いたり、古澤巌さんのコンサートがあったり、聞香の会があったりと色々と行っています。

是非一度、お参りください。

これから仏教のお話や、当山が関わっているイベントについてなど書いていきたいと思います。お読みいただければ幸いです。 合掌